「染工場の若者達が取り組んだ5Sへのチャレンジ」

株式会社 内田染工場

( http://uchida-d-works.co.jp/ )

■ 『東京の中心でファッションを染めています!』

当社のホームページを開くと出てくるこの言葉どおり、東京ドームのある後楽園駅隣の東京メトロ「茗荷谷」駅を出て徒歩5分ほどのまさに東京のど真ん中に、株式会社内田染工場(うちだせんこうじょう)は位置しています。

明治創業以来百年の歴史に裏打ちされた伝統的技術を持つ都内ではすでに数少ない染色加工工場です。連綿と紡いできた伝統技術でありながら、ファッションに思いを馳せる、若く活気ある多くの社員にも恵まれたこの企業を訪問しました。 

■ 内田染工場の歴史

   三代目として5年前社長に就任された内田光治さんに、会社の歴史をお聞きしました。 

群馬県桐生で7代続いた老舗呉服店「内田呉服店」から単身上京した創業者内田作次氏が、染工場で染物修行を積んだ後、内田染工場を創業したのが今から百一年前の明治42年。

創業当初は「和装用糸染め」を中心に行っていたが、生活様式の洋装化に伴い靴下関係の染色が次第に多くなり、戦時中の疎開等の苦い経験を経て、現在の地に企業基盤を確立した。

昭和61年、株式会社内田染工場としての新たなスタートを切ったことを契機に、75年あまり培ってきた染技術を洋服分野にも展開することを目指し、アパレル各社への積極的展開を開始。 この努力が実を結び、今や表参道や青山等に店舗を置く潟Rムデギャルソン、且O陽商会、潟Gイネット、潟Aバハウスインターナショナル、ローズバットほか多くの商社・縫製メーカーと、伝統と最新の感性を加味した染色加工で、数多くのお取引を戴いている。

溌剌とした内田光治社長

 ■ 若き社長の目指す目標

幼い頃から染色加工業の三代目として育ち、大学卒業後すぐに自社の現場に入って修行を積んできだけに染色技術ばかりか現場メンバーとの息もピッタリである。しかし社長の立場となると阿吽(あうん)の呼吸ばかりでは立ちゆかない部分もある。

法人化して以降、大手アパレル各社との取引関係の構築を社長自ら中心になって推し進めてきた経験を下敷きにして、社員の感性豊かなセンスを活かし、この感性に合った染色加工を最先端のファッションに活かしていくことで内田染工場の「豊かな感性」という売りを活かしたいと考えている。

人気のグラデーション染め工程 

■ 5S着手のきっかけ

これまで労務管理や工場管理の必要性を感じながらも、充分な手を打ってこられなかったところ、昨年秋に取引先から指導が入り、工場の整理整頓、文書管理、労務や安全衛生管理に関して指摘をうけてしまった。とりわけ社内の5Sレベルについて強く改善を求められ、社内皆で「5S」の存在を知ることとなった。 

■ 5S活動の経緯

当初は、何をどのように進めて良いかもわからず躊躇していたところ、地元金融機関と東京商工会議所の支援をいただき、5Sキックオフを開催し全社一丸となって改善を進める道筋が次第に理解でき、僅かづつだが社内メンバーが消化不良になることなく理解しながら、進めることとなった。

3月1日全員参加の基にキックオフを行い、先ず5Sリーダー会議を推進エンジンにして問題点の洗い出しに着手、既に4回のリーダー会議で、社内の問題点を整理し、清掃等の実践も進んでいる。2ヵ月後には指摘を受けた取引先の審査が予定されており、積極的な活動が展開されている。 

初めての5Sキックオフを全員参加で開催

 ■ 活動状況に対する実感

キックオフ後2ヶ月が経過しての感想を社長にお聞きしました。

「初めての経験であり、活動が振るわないのでは?と心配していたが、あまりに活発なことに驚きました。自発的に皆を引っ張ってくれるリーダーの出現や個性ある持ち味を活かして活躍してくれるメンバーも現れ、サプライズの連続で、これまで社内のコミュニケーションが不十分であったためのロスの大きさにも気づきました。

社内の秘めた可能性も少しずつ見えてきたので、今後は『世界一綺麗な染工場を実現する』事を目標に皆で力をあわせていきたい。」との嬉しい感想を戴きました。 

■ この企業の活動と展開に期待

当社のホームページの中の「スタッフ紹介」コーナーには社員全員の写真が掲載されていますが、皆さん一人ひとりが実に伸びやかで個性的な笑顔で写っていて、豊かな人材の宝庫であることを感じました。

「確立された染色パターンは有限ですが、染色パターンと色・技術の組合せは無限です。」とおっしゃる内田光治社長の言葉通り、内田染工場の産み出す染色巧みな製品は無限の可能性を秘めているものと思い、今後の展開に大いに期待をしたいと思います。

2010年4月29日取材)

 

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