海軍兵学校に見る規律

 2次世界大戦の終戦を江田島の最後の海軍兵学校生(第77期)として迎えられた荒木弥栄様からご投稿を戴きました。 

戦争という前提をはずしてとらえても、組織の中で如何にして規律を身に付けるかの貴重な参考事例です。兵学校の新入生教育における各指示の一つひとつが現場・現実・現物に基づいたものであることと、各指示には必ず定量的な目標値が示されている点にご注目ください。

 

 就寝・起床動作 その一 

姓名申告で度肝を抜かれて日ならず、自習終了、五省(注1)が終わった途端、
切り裂くような伍長の声
「三号(注2)
は便所に行って、直ちに寝室へ上がれ」

「急げ」

「モタモタするな」
他の一号生徒の蛮声で自習室を出るやいなや全速で便所へ。
階段は常に駆け足の決まりであり、上がる時は二段、降りる時は一段ずつだが、全力疾走ということは既に承っている。
「三号、チェストの前に並べ」
順序は先任から後は名前50音順もわかっている。
「三号、戦闘では一瞬の遅れが自分の命だけでなく、戦友の命に関わる。凡てに迅速、確実が必要である。その第一歩として就寝、起床動作の訓練を行う。

要領を二号生徒にやってもらう。一回だけだから、しっかり見ておけ」
「二号、三号は入校したばかりだから要領がわからない。手順がわかるようにゆっくりやってやれ」
「二号、かかれ」
忽ち疾風迅雷、アッという間に下着まで、チェストの上にきちんと畳まれ寝巻を着て、拡げた毛布に入るや
身体を左右に回転して毛布を身体にしっかり巻きつけ足先で毛布の先を
手繰りこんで、蓑虫の出来上がり、終わった二号生徒は次々に
姓名申告、呆然と見守るばかりであります。

「65秒」伍長が「三号、よおく見たか。衣類はきちんと畳まれ、全員のものが一線に並んでいる。次、起きてもらう。二号、起きろッ」
寝巻を脱ぎ、褌一つ、忽ち上着まできちんと着て、毛布の上に寝巻、枕まで全員のものが寸分の狂いもなく、一直線に揃っている。
到底真似も出来そうにない。

二号生徒の姓名申告が終わると、伍長「65秒」「ゆっくりやって貰って65秒、見ろ。全員の毛布は一線に揃っているだろう。三号、次は貴様たちの番だ。今見た要領で迅速にやれ。用意、寝ろッ」

心は逸るが、手足、身体は我ながらもどかしく、時間ばかり経っていく。
「遅―い」「モタモタするな」

やっとどうにか終わって必死の大声で姓名申告。

全員が終わったところで
「今の時間、7分50秒」「何だ、この服は丸めて置いたのか」「貴様の靴はどこだ、見当たらんぞ」
一号生徒の叱声が続く。

「良しッ、今度は起床動作、用意、起きろッ」
大急ぎで起きようとするが、縛り付けられたように身動きがとれない。
巻きつけた毛布で起き上がれないのです。これは足を蹴上げてその反動で起きれば一秒の動作なのでした。

その後幾日か、僅かな自由時間に就寝、起床動作の練習を繰り返し、どうにか1分30秒に辿り着きました。
何事も修練、訓練が必要、大切だと実感したことでありました。
 

就寝・起床動作 その二 

就寝、起床動作が、やっと1分30秒を達成出来かかった頃、
食堂で週番生徒のお達し
「寝具の整頓の悪い者が居る、食後直ちにヤリナオセッ」
この「食後直ちに」が先ず一つの問題で、食事が終わったらすぐに
ではなく、当直監事の「開け」があったら食事半ばでも即発動しなければならないのです。

食堂内は駆け足禁止ですから、急ぎ足で食堂を出て全力疾走、
寝室へ行って見ると今朝きちんと畳んだ積もりの毛布、寝間着が
無惨に床に散らばっています。
真に情けない思いですごすごと畳むしかありません。
自分がやられていない時は歓声を上げたいほどに嬉しいことでした。
これは夜巡検の時当直監事の後ろから付いていく週番生徒が、
整頓の悪い衣類を払い落としていかれることと同様です。
廊下の彼方から聞こえる「巡検終わり」を聞いた後、
音を立てないようにそうっと畳みなおす情けなさは
今でも鮮明に記憶しています。

朝起床動作を終わり寝室から飛び出そうとした瞬間、
「未だ起床動作の終わらない者はやり直せ」と週番生徒の一喝、
寝室を出掛ったのだから良かろうと走り出そうとした途端、
「貴様もだッ」折角着たばかりの服を脱いでベッドに入りやり直し。

そうでなくても遅れているのですから脱兎のように洗面所へ走る目の前に
白いものが翩翻と翻っています。外れた越中褌の中にズボンをはいたのです。
食堂から衛生室まで女性の影も形も無いのですから褌翩翻も
構わないでしょうがどこかで「待てッ」は必至です。
気の毒ですが注意してやる余裕もありませんし、忽ちどこかへ走り去って
見えなくなっていました。他山の石とするばかりです。
因みに褌を兵学校ではストッパーと称しました。

何故単なる就寝、起床動作をこのように厳しく躾けられたのかを
理解出来たのは、後日の乗艦実習で軍艦生活の一端を垣間見、
又先輩方の戦闘体験を伺ってからでした。
矢張り伊達では無かったのです。
階段の全力駆け足も戦闘中の軍艦では、至極当然のことで、
それを平生から訓練していたのでした。

然し起床五分前頃、スピーカーのスイッチが入り、起床ラッパを
待つ間の緊張は忘れられません。
偉くなったら、ゆっくり起き、食事もゆっくり味わいたいと
思ったものです。

 

 (注1)昭和7年(1932)当時の海軍兵学校教頭が起案し、初めて訓育に活用されました。海軍兵学校生徒は「軍人勅諭」5箇条に続いて、「五省」を各項目一つ一つゆっくり拝誦し、その日一日の自らの行動や言動を反省自戒し、自ら人格の陶冶に努めた。戦後アナポリスの米国海軍にも採用されている。

   一、至誠に悖るなかりしか  (しせいにもとるなかりしか)
     Hast thou not gone against sincerity ?
   一、言行に恥ずるなかりしか (げんこうにはずるなかりしか)
     Hast thou not felt ashamed of thy words and deeds ?
   一、気力に缺くるなかりしか (きりょくにかくるなかりしか)
     Hast thou not lacked vigour ?
   一、努力に憾みなかりしか  (どりょくにうらみなかりしか)
     Hast thou not exerted all possible efforts ?
   一、不精に亘るなかりしか  (ぶしょうにわたるなかりしか)
     Hast thou not become slothful ?

(注2)三号、二号、一号とは兵学校での学年を指し、一号が最上級生です。当初は五号までありましたが、軍備縮小の影響で終戦時には三号までになった。

 

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